2026/06/30 21:24

幼少期から高校生までの思い出
次回開催する絵画展までの間に、これまでの芸術との関わりを振り返ってみようと思います。
幼少期は、幼稚園生の頃から絵を描いていた記憶があります。小学生の頃には水彩画教室へ通いはじめ、何かに選ばれてどこかに飾られたり、TVでも紹介されたようなこともありました。
高学年になると大人の油彩画のクラスに編入、小学生の頃から大人に混じって油絵を描き始めました。暗い室内で光を当て、古典的な静物画を描いていたように思います。

(小学生の頃に動物園でスケッチした雉)
はじめての絵の先生のお父さんは地元で有名なJAZZ喫茶の店主でした。
レコードの針はヨーロッパへ直接買い付けにいくほどのこだわりよう。アンプも巨大なスピーカーも、喫茶店の建築まですべてお手製という、とびきり上質な環境で、店主おすすめの良い音楽を聴いて育ちました。
ジョン・コルトレーンやアート・ペッパーもその時店主に教えてもらいました。
JAZZだけではなく、レゲエのボブ・マーリーもおすすめされ、コンクリートでできた巨大なスピーカー2基から大音量で流れるボブ・マーリーの歌声を聴きながら、店主が涙ながらにボブ・マーリーにまつわる悲しい物語を話して聞かせてくれたことも、とても印象深い思い出です。
店主のことは、不思議と一番歳の離れたお友達のような感覚でいました。
美術展を見るのも好きでした。
小学生の頃はジョン・テニエル画 アリスの原画展やジェームス・マクニール・ホイッスラー展、海外の美術館の巡回展もよく見にいきました。
芸術家(アーティスト)になりたいという想いは小学2年生の頃に芽生え、中学生になると、ディエゴ・ベラスケス作マルガリータ王女など絵の模写をしながら技術の勉強をしつつ、学校の美術の時間には、一歩進んで自己表現も考えはじめ、今思うと難解な画風に突き進んだ時期もありました。
その後は迷いなくアーティストへの道を目指し、高校に入ると美術部へ入部。美術部の担任の先生はとても個性的な方で、日本画家の先生と陶芸家の先生でした。放課後ろくろを回していた時には、スペインで10年ほど陶芸の創作活動をされていた先生に「もっとよく土の声を聞きなさい」と言われ、分かるような分からないような気持ちになったことも、今となっては良い思い出です。
芸術への旅路 02 へつづく
