2026/01/24 18:28

(写真は、金沢にある鈴木大拙館)

禅の神様と称される鈴木大拙著「日本的霊性」に、田畑を耕し浄土真宗を説く親鸞に関連して、こんな文章がありました。

ーー人間は大地において、自然と人間との交錯を経験する。人間はその力を大地に加えて、農産物の収穫につとめる。大地は人間の力に応じてこれを助ける。人間の力に誠がなければ大地は協力せぬ。誠が深ければ深いだけ大地はこれを助ける。人間は大地の助けの如何によりて自分の誠を計ることが出来る。大地はいつわらぬ、欺かぬ、またごまかされぬ。人間の心を正直に映しかえす鏡の人面を照らすがごとくである。大地はまた急がぬ、春の次でなければ夏の来ぬことを知っている。蒔いた種子はその時節がこないと芽を出さぬ、葉を出さぬ、枝を張らぬ、花を咲かせぬ、従って実を結ばぬ。秩序を乱すことは大地のせぬところである。それで人間はそこから物に序あることを学ぶ。辛抱すべきことを教えらえる。大地は人間に取りて大教育者である。大訓練師である。人間はこれによりて自らの感性をどれだけ遂げたことであろうぞ。ーー

野菜や植物をうまく育てている方は、「なんてことはない、当たり前のこと」と感じると思います。
都会で過ごしてきた私は、自然の声を聞き、自然により添い、ともに歩むペースに慣れていません。ガーデニングをしていても、なぜ今年は花を咲かせないのだろう?なぜ、抜根後にまた生えてくるんだろう?なぜ?と感じることも多く、しばらくすると、庭木の方が物をよく知っている気がしてきました。

今は、庭がみずから庭をかたち作っている、その手助けをするつもりでいます。